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《レビュー》正月だから呉座 勇一を読もう「日本中世への招待」「応仁の乱」ほか

《レビュー》呉座 勇一「日本中世への招待」「応仁の乱」ほか

ポッドキャストで助手を務めてもらっている「助手さん」に何かひとつ本の紹介でもどうですか、と尋ねたところ「呉座勇一さんなんかどうか?」ということで、一文をお願いするにいたったわけであります。ではどうぞ。助手さんです。(ここまで管理人)
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ええ、お初です。助手でございます。
この度は管理人さんより「君も何か書かんかね」と仰せつかったので、僭越ながら筆を執る次第であります。
助手の読書傾向はと申しますと、ここ数年は歴史系、ノンフィクション等々に偏っているのですが、それならばと日本史分野で一冊ご紹介させていただきます。
(追記:一冊は嘘でした)

 ・呉座勇一『日本中世への招待』

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本書が出版されて数か月経つのであまり旬でもないのですが、やはりいま日本史分野から一人話題に挙げるとすればこの人、ということになりましょうか。(それすら今さらなのですが)
一応、この記事は『日本中世への招待』の紹介ですが、「この人の本は読んだことないわ」という人向けに過去の著作を少しだけさらっておきたいと思います。ようはいきなり話がそれる訳です。

呉座勇一さんといえば中世史研究者であり、特に一揆の研究者としてキャリアをスタートした人です。
一般書でのデビューも『一揆の原理』という著作になります。
一揆というと近世の百姓一揆のイメージが強い訳ですが、あれらを農民たちの権力に対する革命的抵抗であると見なすのは実体にそぐわないよ、というところから、では本来の≪一揆≫とは何なのか、ということを解説したのがこの本。
本書ではさらに近世よりも前、中世こそが≪一揆≫の黄金時代であるとし、武士を含むあらゆる階層で結ばれてきた本来的な≪一揆≫の諸形態を通じて、日本人の共同体意識をあぶり出そうというのが眼目。なので書かれた時期もあってか、一揆をSNSと比較したり、脱原発デモ、「アラブの春」などに言及していたりもします。
とりあえず「一揆」と聞いて「時代劇かゲームの『いっき』しか思い浮かばん」という人は必読です。

そして次が『戦争の日本中世史―「下剋上」は本当にあったのか
鎌倉から室町にかけての戦争とそれを戦う武士たちの内実を通して、階級闘争史観を引きずる下剋上的な中世観に異論を呈した(というか殴りまくった)書です。
助手はこの本から著者を知りました。内容はもちろん面白かったのですが、なかなか攻撃的な書きぶりだったりジョジョネタが出てきたりと、もう自分と近い世代の人たちが活躍し始めている世界なんだなァと感じたものでした。(どうでもいいですね、すいません)

そして『応仁の乱―戦国時代を生んだ大乱』

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(以下『応仁の乱』)
死ぬほど売れました。この書籍で著者を知ったという人も多いかと思います。

『応仁の乱』に関しては自分ごときが述べるまでもなく、一つの偉業でした。何が偉業かといえば日本史の概説書で40万部以上(2020年6月の現時点でさらにさらに数は行っているはずです)売ったことではありません。
あのネタ、あの内容で、それだけ売ったということです。
「応仁の乱」といえばよくワカラン理由で始まり、わけワカラン展開を経てダラダラ11年続いた挙句、なんかグダグダのまま終わったアガらない大乱として有名です。それがこんなに売れる。どれほど明快に、かつ分かりやすくその全容が描き出されているのか!
と思いきや──、これが「分かりやすく『この乱は分かりにくい』ということを描き出した」シブい一冊なのです。

と、こっちの書評になってしまいそうなので詳細は省きますが、『応仁の乱』とはつまり先行研究と一次史料によって乱の経緯をつぶさに復元しようという解説書です。奈良・興福寺の経覚&尋尊という、戦乱の当事者ではない(さりとて完全に無関係という訳でもない)坊さんたちの視点から、俯瞰と詳述の射程を自在に伸縮させつつ膨大な数の関係者の動きをカットバックさせることで、乱の全容を有機的に捉えようとしたところが特長です。つまり或る種の群像劇としても読める構成になっているのですのが、なんか300人くらい出てくるらしいですよ……。
──が、そうやって描き出された全容というのがやっぱりカオス。そして「何がしたかったんだよ……」の一言に尽きる、まさにヒトヨムナシイ虚しき戦い……。
しかしこれこそがこの乱の特色であり、意義なのです。
社会を揺るがす事象がたった一つの原因で起こることなど滅多になく、また一本の道筋で直線的に進行するはずもなし。そのうえ≪画期≫がいつも劇的とは限らない──。それが歴史というものでしょうか、デッカイ出来事はいつだってヤヤコシク、時に地味。そんな実相を陳列してみせたのがこの『応仁の乱―戦国時代を生んだ大乱』なのでした。
そうして本書を通して著者が示したことは「本質的に分かりにくい事象を分かりやすくするために『単純化』することは、学問的な態度ではない」という姿勢でした。このことはインタビューなどでも折に触れて語っていますし、助手も激しく同意するところであります。

良書ではありながらそんなスタイルの本なので、ここまで売れたというのは驚きでもあり、一つ象徴的な出来事でもあったのです。
実際、初めのニ作(『一揆〜』『戦争の〜』)が学界で「ウケ狙い」と叩かれたものだから、「それなら売れなくてもいいからカタいのを書こう」と執筆したのが本書だったとか。このヒットはご当人にとってもまったく予想外だったのです。
あえてヒットの理由をこじつけるなら、プチ室町ブーム※が起こって「中世人ヤヴァイ」という評判が立っていたところ、奴らのヒャッハーの総決算として「応仁の乱」がにわかに存在感を増していたのかもしれません。
そこでの盛り上がりが、クラスタ外の「名前だけは知ってるけどあの戦いって何だったの?」という人たちにもアピールし、かつての京洛の如く燃え広がったということでしょうか……。

※呉座さんも書評で書いていますが、同じ中世史研究者の清水克行さんの著作(『喧嘩両成敗の誕生』『世界の辺境とハードボイルド室町時代』)が準備したブームであると思います。こちらもとてもおススメです。

講談社
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が、兎にも角にもこの『応仁の乱』がめでたく大ヒット、「応仁の乱におけるただ一人の勝者」という奇説が打ち出され、著者は「印税王」の称号を得るに至るのですが(これらは私が勝手に言っていることではないですよ、マジで)、その後は『陰謀の日本中世史』を上梓し、世間に膾炙する俗説や通俗的歴史観を鋭く批判していくことになります。

ここでまた話はそれるのですが……、歴史語り(とあえて表現します)の分野には深い深い溝が横たわっていました。アカデミズムの研究と、一般読者層の歴史観にはとかく乖離があったのです。
分かりやすい物語、旧説による解釈、実証性に欠ける英雄史観、根拠のない奇説──。そういったものが書籍やテレビ、ネットなどで消費される一方、営々たる研究の成果や知見は届かず、理解は一向更新されていかない──。
もちろん歴史系出版社からは堅実な学術研究に基づく一般書も出てはいましたが、メジャーにおいては玉石混淆著しく、我々素人からすれば「どれ読んだらええんや……」という状況が一面にはあった訳です。
これはアカデミズムで取り扱われる「学問」でありながら、広く一般にも愛好者(つまり我々)がいる分野だから起こることです。
こうした現状に多くの専門家はむろん眉をひそめていたことと思いますが、何ぶん一般書を書いたりテレビに出たりしても研究上の業績にはなりません。全体としては干渉しないという空気感があったようです。
ところが著者はそれを潔しとせず、前出の『陰謀の日本中世史』やコラムなどにおいて学術的根拠に乏しい種々の俗説、トンデモ説をバッサバッサと批判していくのです。

『陰謀の日本中世史』は、「事件でいちばん得したアイツこそ黒幕」系のいわゆる陰謀史観や、単純化された通説・俗説に対して、アカデミズムの立場からツッコミを入れていく本です。前著で扱った「応仁の乱」に関しても、原因を足利将軍家の家督争いと日野富子の専横、という図式に矮小化する通説を批判しています。(前著のヒットのおかげが、さすがにこの説明で済ましている記事は減ってきたように思います)
そして多くの人が語りたがる「本能寺の変の黒幕」
黒幕説自体いろいろなパターンがあるのですが、これらをぶっ叩くのがこの本の眼目だったのでしょうか。もうボコボコで、読んでいて「もうヤメてあげて!」と言いたくなるほど(実際叩かれた歴史家の方は怒っていましたねえ)。でもオモシロかったです……。

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そうやって忌憚なく諸説を批判していったからか、いつしか著者は「人斬り」の異名をとるようになり(これも私が勝手に言っていることではありませんよ……こんなアダ名の多い学者も珍しい)、一部の作家、研究者の方々と場外乱闘にもなったりして、日本史界隈きってのストリートファイターと目されるようになったのでした……。
とはいえむやみと好戦的な訳ではなく、主張は一貫しています。いわく「単純化せず、根拠のないことは言わない」
研究者として至極真っ当な姿勢かと思います。なので、あまり悪ノリして囃し立てることでもないのかなと個人的には思うのですが、繰り出される論説の刃もまた「勉強になる」ので、ついついその切れ味を眺めてしまう知識の野次馬なのでありました。
そうして『陰謀の日本中世史』を経て『日本中世への招待』となります。やっとこさ本題なのでこれまで書いたことは全て忘れていただいて……。

朝日新聞出版
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この日本中世への招待はタイトルの通り、現時点ではもっとも平易な入門書となっています。(どの著作も読みやすい人ではありますが)
また扱っている分野も、これまでのような戦争や幕府のアレコレといったような政治史ではなく、その隙間に埋もれがちな当時の人々の生活の歴史。どちらかといえば社会史に近いジャンルかと思います。
そうした生活にかかわる習俗、文化の事例を「家族」「教育」「生老病死」、そして「交流」といったテーマごとに紹介していく構成となっており、いわば中世人の人生を俯瞰してみようという一冊になっています。だからタイトルも「中世史への招待」ではなく「中世への招待」となっている訳ですね。
たとえば結婚のカタチ、財産相続の変遷、子供の勉強、医療、人付き合い、お祝い、旅行、贈答などなど──。現在の我々も営む日々のアレコレが、史料や記録から分かる範囲で縷縷紹介されており、身近なところに引き寄せて歴史を考えることができます。
ただ新聞連載のコラムとカルチャーセンターでの講義をベースにしているからか、一冊の本としてはまとまりが弱く、トリビア的な列挙になっているうらみはあります。しかしその分サラっと読めるし、興味のあるテーマから進めることもできます。
それにそこは研究者(しかもファイティング・スタイル)。ただ歴史雑学を並べるだけでなく、根拠となる文献史料や先行研究の提示はしていますし、諸説あるトピックに関しては研究史にも触れ、他の識者の説を紹介して私見を述べたりもしています。
なのでそこから他の書物にジャンプして興味のある方向を深めていける訳です。平易なだけでは入門とは言えません。次のステップへの道筋がちゃんと用意されているかどうかが大事なのですね。
また入門的読物だとしても、読者に検証の余地を与えないものは学問として不誠実です。先ほど不本意ながら玉石混淆という言葉を使いましたが、「石」(ゴメンなさい)には大抵この姿勢が欠けています。

それに列挙、とは言いながらも1章のテーマを「中世の家族」とし、≪女性天皇≫と≪家≫の成立から語り始めているところは要を得ていると思います。
女性天皇に関しては言わずもがな、≪家≫の制度も昨今の多様化の議論に際しては必ず取り沙汰される≪伝統≫であり、いずれも今日的問題を孕んでいるネタでありましょう。
また、これは単なる現代批評への目配せというだけでなく、日本史にとっても重要な分岐点だったりする訳です。
というのも本書にも解説のある通り、中世は氏族から≪家≫が成立していった時代であり、そうした≪家≫が上は政治から下は村落共同体に至るまで、あらゆる社会的機能を「家職化」していった時代でもあります。
なので、本書のような社会史的、文化史的な分野と、『応仁の乱』のような政治史的な視座を繋ぐものがこの≪家≫と言えます。
本書では婚姻を結んだり、正月の行事を執り行ったり、或いは宴会やら贈り物をし合ったりする中世人の姿が描かれますが、これらは基本≪家≫単位で行われます。我々にとっても親近感のある世界でなかなか微笑ましかったりもするのですが、実は政治も権力闘争も、そして戦争さえもこの≪家≫主体で行われる訳です。(時として≪家≫そのものが割れることもありますが、それも基本単位として存続させたいからこそ起きる現象と言えます)
本書はその≪家≫の片側に回り込むことで家族、生活、そして文化という、ちょっと穏やかな中世の姿を見せてくれる一冊です。
しかし反対側に回ってみれば『応仁の乱』や『戦争の日本中世史』というハードな面が見えてきます。応仁の乱は将軍家、管領家といった≪家≫同士の抗争ですし、『戦争の日本中世史』において武士たちが血反吐を吐いていたのも≪家≫を守るためでした。
つまり≪家≫の話をすることは「中世への招待」であり、「中世史への招待」にもなるということです。
たとえば入門として本書を読み、さらに文化的なところに興味が引かれたなら、それぞれの叙述の中に用意された道筋を使って他の書物にジャンプすればよし。もっと政治史的な部分を知りたい、あるいは著者のこれまでの書籍も読んでみたい、と思うのなら第1章に立ち返ってみればいい訳です。

ジャンプ、といえば本書で特筆すべきなのは付録の「ブックガイド」でしょう。
これはさらに中世への理解を深めたい人のために著者が選出した書籍紹介なのですが、アツいです。助手も何冊か読んでいますが、いずれもマストかと思います。なので未読のものは秒でリストに入れました……。
しかも何が素晴らしいかというと、推しポイントだけでなく「こういう部分では批判もあるが」と学界での評価も添えていることです。
たとえば、恐らく日本中世史で最も広範な読者を獲得した泰斗・網野善彦。この人は「聖別された非農業民が中世から近世に向かうにつれて被差別民になっていく」という非常に有名な説を唱えましたが、これも学界の定説にはなり得ていないことを著者は付言しています。それでも読むべき偉大な先学としてブックガイドの筆頭に挙げているのです。
網野さんのいわゆる≪無縁≫や非農業民に関する説は批判も多いながら、歴史の分野以外では支持が厚く、他分野では定説のように扱われたりするので、評価に乖離があったりします。しかし巨人には違いない訳です。(どちらかというと荘園研究での業績によって、らしいですが)
そもそも学説というのは研究の発展のために批判される宿命にありますし、覆されたからとて完全に価値を失うというものではありません。
というか何が批判され、何が覆されているかを知らなければ、最新の知見さえその意義が理解できないはずなのです。
なので、そういう専門家としての冷静な評価と併せて推しポイントを提示してくれるのが、我々素人としてはありがたい訳です。

ええ──と、まあ、つまり何ですかね。
要約すると『日本中世への招待』おススメです。

や、どうも長々とだべりました。

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